『萱津取り』084〜102話



84〜93話

 三郎信秀の初陣は勝利をおさめたとはいえ、根小屋の武者たちの損失も大きかった。三郎はきちんと手当をさせ、討ち死にした者には手厚く供養し、そうして武者たちの信用を得ていった。

 五郎左は、怪我が軽かったこともあり、馬を借りて気晴らしに城外に出た。
 村内は、徴税額を決めるための収穫高を確認する「内検」が始まったことがうかがえた。

 五郎左は、酒を飲もうと街道筋の店に入った。
 案内された部屋から四季の移ろいを見せられた五郎左は、これは幻覚だ、と正気に戻るために指を刀の刃に当て、痛みを感じさせるようにした。
 じょじょに正気に戻った五郎左は、これが誰の仕業かわかっていた。
 「出てこい」と声をかけると、若い女が現れた。
 最初は天女、次は白拍子、そして今度は田舎遊女・・・いろいろと変化するのは頭の命だ、と女は言うが、その頭は誰なのかはいずれ明かす、ともったいぶる。
 五郎左は都にいた際、集団催眠による幻術を何回か見たことはあった。

 女の先祖は、百済の流民で、斉明天皇の時に渡来、大和国北葛城・大井宮に土着したという。
 職種によって十二の部族にわかれたが、女の直接的先祖は、百済朝臣安成、姓は余(あぐり)。百済幻術を芸人に伝えたという。
 子孫は大和の諸寺に仕え、女は歩き巫女になる幻術を見せると聞いた五郎左は、兵法者としてひっかかってはならぬものひっかかった、と恥じる。
 なぜ自分を惑わせるのかと問えば、女は鈴鹿の蟹井団々入道に恩があり、また、意外坊には遺恨があったからと言う。五郎左は、意外坊とは成り行きの関係でしかない、と反応する。

 女は蓬子(よもぎこ)と名乗った。

 五郎左は、これからも自分につきまとうのか、と問う。
 蓬子は、五郎左には恨みはないから止めるが、意外坊は敵だから戦う、と応える。
 そして蓬子から、意外坊を討ってほしいと相談される。

 五郎左は五郎左で意外坊に対して、雇われ口がなくなり旅に出してもらった恩があるし、ここまでの道のりで情も移っていた。
 意外坊を討つことを拒否すると、蓬子は別れの契りを交わしましょう、と五郎左に倒れかかった。そこで、五郎左の記憶が途切れる。

 気がついた五郎左は、全裸で脇道に転がっていた。

 またやられたっ!と悔しい思いをする五郎左。
 脇にきちんとたたまれた着物を苛立ちながら着用する五郎左に、近在の農民が近寄いてきた。そして、「もののけとまぐわった者(化かされた者)は精気を吸われ、十日ほどで死んでしまう。お祓いに連れてゆく」と農民たちに神輿のように担がれる。


94〜102話

 農民に担がれ、連れてこられた萱津の寺にいた、"お祓いしてくれるすごい法力の坊様"は、意外坊だった。

 護摩をたかれ、煙のひどさに五郎左は気を失った。
 見物人たちは、見る人によって様々な形をしたもののけが五郎左の口から出てゆくのを見たが、しかしそれも、集団催眠の一つだったのだ。

 目覚めた五郎左は、蓬子との一件を意外坊に語った。
 毎回たぶらかされるのは心を決めていないからだ、とまたもや意識をとばされる五郎左。
 再び目覚めたとき、五郎左の頭は剃られていて、ひどく怒るが、意外坊になだめすかされる。

 意外坊は、「大和守家と弾正忠家とが仲違いしたため、いつ合戦になってもいいように呪詛の用意をせよ、とお達しがあった」と伝えつつ、合戦の原因を作ったのは五郎左だと言う。

 鉄夜叉丸を討つ際、夜討ちにも関わらず五郎左は名乗っていた。それが坂井家、大和守家に伝わったのだ。
 合戦の火種を生んだとなじられ、五郎左は打ちのめされる。

 「夜討ちは弾正忠家は知らないことで、勝手に戦をした五郎左を三郎が誅殺した」という筋書きで伊東五郎左衛門尉は死んだことにされ、五郎左は、「善阿弥」「意足」という名をもらう。

 しばらくは修行に出よ、と旅の準備をさせられる五郎左。
 人目を盗んで出発するや、意外坊が現れ、門出のお参りをと萱津神社に連れてゆかれる。
 境内で、五郎左は三郎と会い、甚目寺・萱津一帯を支配する土田家から嫁をもらう、と聞かされる。
 信定は自分の娘(信秀の姉)を津島の豪族に嫁がせることで、その地をとった。信秀もまた、自分が萱津の娘から嫁をもらうことで、この地をとろうとしている。  莫大な富を生む二つの土地から矢銭が入ることになるのだ。



 *ワタワタした、けれど段取りのようにしっかりした、また、お祭りのようににぎやかな農民の様子・台詞がおもしろかったです。
 「勝幡からござらっしゃった有徳の法師は何処か」という農民の台詞に、『それって意外坊じゃないの?』と思わず吹き出しました。『五郎、あんたまた意外坊にひかっかるのかよ』と(苦笑)。

 *「老人が化生の娘と同衾したというところに話が及ぶと、珍しく怒りをあらわにした」(97話)
 →そんな話になりましたっけ?(汗)



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