今月のチャレマ(2)
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帰り、駅のホームで、どっと疲れが(笑)。
ステキシーンがたくさんあって、それがセーフティだと、受け取るのはワタシ。観戦しているわけではないですし、プレイヤー目線と応援する人目線との狭間にある感情の起伏が激しすぎたのだと思います。
前回の申し訳なさからナインを選んだのですが、「両方やりましょう」とエイト、ナインともやってくださった!
今回一度もブレイクできず。たまに回ってきても活かせません。
エイト。
ナインもですが、他の球に当てない、当てるなら計算して、というラインの描かれ方がステキすぎました。
前回はラックの外周だけを意識した感じだったのですが、ラックの並びがキレイでした。
ワタクシ、前回のブレイク時に(緊張のあまり)外周以外あまりに適当にラックを組んでしまった気がしないでもなく、それがなんだかとても今さらに申し訳なく、心残りで、ラックを組む機会を狙っているのですが、バンキングが取れません(泣)。
8番を固めるようにワタシのハイボールがあり、そこの処理で、ワタシの詰め甘かったのが悔しい。
西嶋さんが8番イレに行かず手球クッションに近づけ、ワタシの撞き番。一つめをクッション経由で入れた後で、あとは取り切るゾという計画だったのに、サイドのイレをかすらずにフリーを渡すということをやってしまい、失笑。これも悔しい。
2回の撞き番でポケット2個ふさがれたり、もらったはいいけどどれもイレにくいところに手球があったり、『相手(←ワタシ)を不自由にさせる、そういう方法があるのかぁ』と感じられるところが多々あって、おもしろかったです。
『これ、どっちに行くんだろう? こっちかな』と見ていたのとは、たいてい逆で、これもまたおもしろかったです。
うん、エイト、おもしろいです。できるようになりたい。
ナイン。
ココと指を置いた場所にピトと止まるのがすごい。クッションから行って、ですよ。それはウゲッというセーフティだったのですが・・・残念ながら返せず。
その後のウゲッというセーフティでは、『スゴイ!』という感嘆&『ワタシがくらってるんだよ』という複雑な気持ちから、つい、「もー(笑)」という言葉が出てしまい、ごめんなさい。(セーフティしてくれるなとか、イヤとか、そういう意味では決してないのです。)そして返せず。
いずれも、ひねらないとダメなのですが、そういえば、ひねった場合に第2クッション後にどう動くかが、よくわかってないんですよね、、、。第1ならわかるのですが。
終わった後で、2つのセーフティについて、返しがあるのか聞いたところ、「ある」し、その方法は、"やっていたことは間違っていなかった"り、"選択しなかった方が正しかったorz"りしたので、理解はできているのかな、と思ったのでした。そして、「ある」ならワタシはできないといかん、と思ったのでした。
帰りの電車内で思ったのですが、先球をひねって入れた後に手球がクッションすることと、カラコでひねってクッションすることとでは、意味は同じなんですかねぇ??? でも、先球にあたった後では、手球の動きが変わるか・・・。
金曜日が祝日なんてあまりないし、(時間に焦らず荷物に労せずと言う意味で)気軽に行けるわ、とお出かけ。(実際行けば、緊張して余裕なんてないのです。)
平日だと行けないところに寄り道できて、ご飯やお茶ポイントを見つけられたので、良かったです。(そっち?!)
その前に、久しぶりにお師匠に撞いてもらいまして・・・一度、キレました(笑)。
けれど、闘志崩れず、チャンスは手にしたので、前回のチャレマ後の心境の変化から、ちょっとはマシになったのかと思います。何でキレたかはもう忘れてしまったのだけれど、きっと、大チャンスを活かせなかったというようなことなんだと思います(汗)。
こうしたらこういうセーフティくるだろうな、ということを想像してシュートアウトしたら、想像通りのことで返されて、あるいは、こういうセーフティがくるだろうなと予想した通りのものがきたり、これらはウレシかったです。想像できるって、素晴らしい。(自分のことを素晴らしいと言っている意味ではありません。)次はその返し方、あるいは、自分で作れるようになる、でしょうか。
意味を誤解されてしまうと困るのですが、ワタシの備忘的なことで書いておきます。
チャレマに行くのも、お師匠に相撞きしてもらうのも、ワタシの現在のレベルでは同じだ、と思いました。両名の球をご存じない方には通じないことかと思いますが。
自分の試合直前にはチャレマは行かないのだけれど(GP前も行かないことにしています)、お師匠との相撞きはやらない方がいいのだなと思った次第。
現在、
「どうしたらここに出せるのか、わからない。
どこを撞くと、ここに出る?
どっちを先に行くべき?
それらの選択の誤りで、難所がいつまでも続いたり、派手に外したり、つまり取り切れないのだ。」ということを一週間を通して感じ、『やっぱりそうだな』という確認をした一日でした。
2014/03/21