(1)
「部長! おかえりなさいませ」
「あぁ」
海外出張から戻った島田カンベエは、空港から直行し、経理部に顔を出した。
「おかえりなさいませ。今日はお休みなさるはずだったのでは」
部次長の片山ゴロベエは、島田の手からスーツケースを受け取った。
「あぁ、すまぬ。いやな、社長から、供をせよという連絡が入ってな」
「それはそれは」
「これから虹雅銀行へ行ってくる。シチロージ、頼んでおいた書類はもうあがっているか?」
「こちらに」
書類に目を通した島田は、「さすがだな」と言ってかばんにしまいこんだ。そして、さりげなくフロアを見渡した。
シチロージには、島田の顔が一瞬陰ったように見えた。
「・・・では、行って参る」
「行ってらっしゃいませ」
片山とシチロージに見送られ、島田は出かけた。
入れ違いで、書類をかかえた女性社員二人が、話をしながら経理部に入ってきた。
「そうなんですよね。ふふふ、澤田さん、来月はきっと大変ですよ」
笑みを浮かべたセミロングの女性がそう言って歩く後ろで、澤田と呼ばれた女性は、立ち止まっていた。
『このにおい・・・』
「あら? 澤田さん? どうなさったのですか?」
フロアの入り口で立ち尽くしているかのように見える澤田に、セミロングの女性、キララは呼びかけた。
「あっ、ううん、何でもないの」
澤田は島田のデスクに目をやった。
シールを剥いだ後がたくさんあるスーツケースがあった。
『帰国なさっている・・・!』
澤田は心臓が高鳴るのを感じた。
シチロージがすれ違いざま、澤田の耳にささやいた。
「カンベエ様はさきほどお戻りになりましたよ。急用で社長のお供をなさっています」
シチロージがフロアを出てゆく音を背中に聞く澤田の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
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