〜Birthday Special2006〜








 「あ、おはよう」

 新聞を抱えたリョウが、キッチンに入ってきた。

 「ふあぁ〜・・・美弥ぁ〜、コーヒーいれてくれぇ〜」

 美弥はコーヒーを注いだマグカップをテーブルに置く。

 「サンキュー」

 リョウは新聞を広げ、朝食ができるまで、キッチンで過ごす。
 キッチンには、いろいろな音が響いている。コポコポとコーヒーメーカーが出す音、換気扇が回る音、調理用具の金属と金属が重なる音。野菜を切るザクザクという音。それらの音は、強く在ることを強いられ、また、そうでなくては生きてはいけず、孤独に戦ってきたリョウが安らぐことのできるものだった。
 そうして二人でテーブルを囲むことは、変わらない日常だ。


 「ねえ、リョウ。CAT'S EYEに、コーヒー飲みに行こっ?」










 カラララ〜ン。

 ドアベルが来客を知らせる。

 「いらっしゃいませ。あらっ、冴羽さん。美弥さん」

 海坊主のパートナー、美樹が二人に声をかけた。

 「なんだ、また店を壊しに来たのか?」

 食器を磨く海坊主は、迷惑そうに言う。
 リョウが店に来るのは何かトラブルを抱えている時であり、その都度店を壊されてきたことを思うと、皮肉の一つも言いたくなる海坊主だった。

 「やだなぁ〜、海ちゃ〜ん。美弥がここのコーヒーを飲みたいってゆうから、来たんだぜ」

 「ふんっ。じゃ、コーヒー二つだな」

 海坊主は傭兵あがりのスイーパーだ。今は情報屋としてリョウの仕事を助けたりし、喫茶店のマスターをしている。二人が対決をしたこともあるが勝負はついていなく、その勝負はおあずけとなっている。
 傭兵時代、海坊主は両親を亡くした幼い美樹と出会い、生きる術を教えた。それは一人の傭兵を育てあげることになっていたということを自覚した海坊主は、一度は美樹の前から姿を消した。しかし、美樹の執念で海坊主を探し出し、二人は再会、一緒に暮らすことになった。そして、愛する人と喫茶店を経営するという美樹の夢を、海坊主がかなえたのだった。
 強面で体が大きい海坊主は、客商売には全く向いていないが、美人の美樹を目当てに来る客はいた。
 そして、ネルドリップで抽出したブレンドコービーは評判が良かったのだ。自然乾燥させて熟成した豆を使うため、豆本来の味が引き出され、深い香りがたちあがるのだった。
 香りを楽しみながらコーヒーを飲むリョウの片手は、ずっと携帯をいじっていた。

 「おまえ、さっきから携帯ばかりいじって、何をやっている?」

 「情報がね、いろいろ入ってくるものでね」

 「そんなものに頼っているようじゃ、ダメだな」

 「電話で知らせてくるも、メールで知らせてくるも、一緒だぜ。使えるものは使わない手はないぜ」


 不意に、リョウが顔をあげ、携帯を少し高い位置に持ったかと思えば、パシャリという音が響いた。

 「おっ、いいねぇ」と言って、リョウは携帯の画面を海坊主に向けた。

 「ほーらっ、海ちゃん! なかなか似合ってるぜ」




 「な、なにぃ〜?!




 なぜか猫の耳をつけている自身を携帯の画面に見た海坊主は、慌てて、食器棚のガラスを鏡に見立てるや、顔を真っ赤にした。

 「リョ、リョウっ、てめぇっ!」

 海坊主は猫耳を乱暴にはずし、リョウの襟首をつかんだ。

 「待てよ、待てよ。オレじゃないぜ、海ちゃん」

 「嘘つけっ! おまえ以外にこんなアホなことをやるやつがいるかっ!」

 「海ちゃんの隣に、いるぜっ」

 海坊主が顔を向ければ、にやけた顔をした美弥がいた。

 「かわいいよ、海坊主さん」

 美弥に「かわいい」呼ばわりされ、海坊主の力が抜ける。



 「み、美弥っ! なんでこんなことをするっ?!」

 「いたずらっ。大成功っ! ブイッ!」と、美弥はピースサインを向けた。

 「でも、ファルコン。あなたもあなたよ。美弥さんが近づいてそれをつけても何も感じないなんて、おかしいわよっ」

 「あ、あ、あいつには邪気がないからっ、こういう悪ふざけをしようと近寄ってきても、わからないんだっ」

 「美弥さんみたいな人、敵にしたくはないわねぇ〜」と、美樹は軽口をたたいた。



 いたずらをした美弥が悪者にならず、はからずもスイーパーとして美弥の接近を気づけなかった海坊主が責められる結果になり、海坊主の怒りの矛先はリョウに向かった。

 「リョウッ、てめぇ、覚えてろよっ」

 「だからオレじゃないってのっ! 美弥っ! ほれ見てみろ。オレが逆恨みされるだろう?」

 「大丈夫。わたしが守ってあげるから」

 三人がキョトンとした顔で見つめるのを気にもせず、美弥はコーヒーを飲みほした。










 『CAT'S EYEに、何しに行くんだよ?』

 『CAT'S EYEに行って、海坊主さんに猫耳をつけるの!』

 朝、美弥はそう言って、ヘアーバンドに猫耳がくっついたおもちゃをリョウに見せた。
 リョウは、猫嫌いの海坊主をからかうという美弥の性格の悪さを指摘しつつも、好奇心は湧き、CAT'S EYEに行ったのだった。

 「一つ歳をとったからって、ガキっぽさは抜けないよな・・・」

 夕食後、リビングのソファで雑誌を広げていていたリョウは、ふとつぶやいて、笑った。



 美弥がリビングに入ると、リョウは「おいで」と、自身の横をトントンと指でたたく。
 美弥は困った風な顔をした。いたずらをした後のせいか、何か仕掛けが待っているのではないか、と警戒していた。

 「なんにもないから、おいで」

 安心させるようにそう言えば、美弥はひどく寂しそうな顔をする。
 リョウは立ち上がり、「なーんて、何もないわけはないだろ」と美弥の目の前に立った。

 「美弥。誕生日、おめでとう」

 「・・・リョウ」



 リョウは立ち尽くす美弥を抱き寄せると、美弥の顔をあげ、軽くくちづけをした。
 真っ赤になっている美弥の顔を見て、リョウはもう一度くちづけをした。今度は深く、濃く。





 誕生日の長い夜は、始まったばかり。





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