ある日の放課後








 

 靴を履こうとした手塚の視界に少女の姿がチラと入った。
 少女は、誰かを待っているかのようにスーッと立っていた。



 「澤田・・・?」

 「て、手塚」

 手塚は、クラスメートの澤田美弥の表情が一瞬ゆがんだ気がしたが、さして気にはしなかった。

 「不二を、待っているのか?」

 「えぇ・・・でも、あなたが一人で帰ろうとしているということは、不二くんは既にいないってことよねっ」

 「そうだな」


 雨粒を落とすどんよりとした空を見上げた澤田は、ため息をついた。


 「良かったら、途中まで送るが」

 手塚はそう言って、かばんから取り出した折りたたみ傘を見せた。

 「ありがとう」




 澤田の心中は複雑だった。

 不二くんと、相合傘で帰ろうと思っていたのに。中学生らしく、ファーストフードに寄るというデートをしたいと思っていたのに。不二くんはファンタ、わたしはコーラで、1回交換したりして、間接キスしちゃうかも〜と妄想していたのに。書店にも寄りたいと思ったいたのに。
 整った顔の持ち主、めがねがそのクールさに輪をかけて、他校生からも人気がある手塚と、はからずも相合傘で帰ることになってしまった。

 いつも不二がいる場所に自分がいることで、不二と手塚との距離の近さを感じ、悔しいような感情が湧きあがってきた。

 「不二と、約束していたんじゃないのか?」

 「む、むかつくことを言うわね。勝手に待っていただけよ。雨降ったし、部活ないだろうから、一緒にって思ったんだけど・・・。手塚ほど、不二くんと思念を飛ばしあえていないんでね」

 「とげのある言い様だな」

 「いっつも不二くんの隣にいて、あ・うんでわかりあえちゃったりして、悔しいのよね」

 「不二とは、テニスという共通のものがあるから話が通じるだけだ。オレに嫉妬の気持ちを向けるなんて、お門違いだぞ、澤田」

 「あ〜、ほらまた」

 「なんだ?」

 「あなたの隣にいるとね、あなたに目をとめる道行く人の多さにびっくりよ。美形の不二くんと歩いているときも味わっているんだけどね、、、なんか、美形の二人は恋人同士なんじゃないのっ?!」

 「なんだ、その短絡的な発想は」

 「あなたと不二くんが並んで歩いているところなんて、絵になりすぎてむかつくわっ」

 「そんな見かけじゃないことを澤田はわかっているだろう? 実は自己中心的で欲深い不二を受け止める澤田だからこそ、不二は好きなんだと思うが」


 思いがけないことを言われ、澤田は顔を真っ赤にした。
 手塚の顔をチラと見上げれば、まっすぐに前を見ていた。


 「万人にみせるものとは違う不二の笑顔に接しているだろ? それに自信を持つんだな。不二と澤田には、二人にしか築けない関係があるんじゃないのか?」


 「て、手塚って、そういうことを真顔であっさり言っちゃうのよね・・・」
 
 「不二は・・・もっと熱く言うだろう?」





 普段のスマイルとは違う、鋭い目をした顔で『放さないから』とささやかれたことを思い出した。と同時に、なんでそんなことをあんたが知ってるの!と、澤田はやはり嫉妬心を燃え上がらせるのだった。





 「澤田先輩っ、まだまだ、っすね」

 そう捨て台詞を残してスタスタと歩いてゆく小柄な少年--青学ルーキー・越前リョーマの背中を、澤田はにらみつけるのだった。





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