日直の日に








 「澤田、次の社会科用の資料を取りに行くぞ」

 手塚は、日直のパートナー、澤田美弥に声をかけた。

 「ほぉーい・・・」

 口調はいつものように軽いが、声にいつものハリがないことに気づいた手塚だが、澤田が先に教室を出たため、何も声をかけずに後に続いた。


 中庭の桜は葉桜となり、色鮮やかな緑が明るい日差しの中で映えていた。
 風が、渡り廊下を歩く二人の髪の毛をさらう。
 澤田が両腕をかかえるしぐさを見て、手塚は言った、  「寒いのか?」

 「風はまだまだ冷たいね」



 各教科の資料室は、教室がある棟とは別の棟にある。休み時間のにぎやかさもこの棟には無縁とみえ、数えるほどの人が忙しく歩いている程度だった。
 数学科資料室の扉が勢いよく開き、木製三角定規などを手にした男子生徒が飛び出してきた。

 「菊丸じゃないか」

 「あぁ〜、手塚ぁっ! なになにぃ、手塚も日直なの〜? おっとっと、澤田っちも一緒じゃ〜ん?」

 「はろー、菊丸くん」

 「はろぅ! おぉっと。そいじゃ、僕はお先に、っと」

 菊丸は三角定規を使ったアクロバティックを披露して走っていった。

 「相変わらず、すごいわね、菊丸くんは。あのアクロバティックは、誰にでも近づきやすくて、それでいて誰が本命かは見破られにくいかもね」

 おもしろいことを言う、と澤田を見た手塚には、その笑みが引きつっているように見えた。

 「澤田」

 入り口で電気をつけ、資料室に入っていった澤田に声をかけた。

 「さて、あたしたちも早くしないと、予鈴が鳴っちゃうよ」

 「澤田」

 手塚はそう言うや澤田の片腕をつかみ、自身の方へ向かせると、澤田の額に手をあてた。
 目を瞠った澤田の顔は、みるみる赤くなっていった。


 「てっ、手塚っ、、、あ、あんまり、気、安く、、お、女の子に、触らない方が、いいと思う、わよ。・・・びっくり、する、じゃない」


 「熱があるんじゃないのか? 風邪をひいたんだろう。帰った方がいいぞ、澤田」

 「あ、あんた」

 「今日の日直はオレだけで大丈夫だ」

 「や・・・やだ」

 「不二とデートか?」

 「なっ、あんっ」

 「安心しろ。澤田がいないからといって、不二をとったりはしない」

 呆然としている澤田を横目に、手塚は地図を広げて必要なものを確認していた。
 熱があることを他人から指摘されたことは、張っていた糸を切られたようで、澤田は急に体が重くなったのを感じていた。

 さーっと空気が動く気がした手塚は、振り返るや、その場に倒れそうな澤田を支えた。

 「っつ・・・!」










 「ん・・・」

 ゆっくりと目を開けた澤田は、天井を見つめ、それから周囲に目をやった。

 「保健、室・・・?」


 「あ、澤田さん、目覚めた? 大丈夫かしら、起きられる?」

 「すみません、ご迷惑を、おかけしました」

 「あんまり無理しないでね。手塚くんがかばんを持ってきてくれているから、今日はもうお帰りなさい」

 「ありがとうございます。お騒がせしました・・・」

 2時か、時計を見た澤田はつぶやいた。
 こういう時は、心配する彼氏が来てくれるはずなんだが。しかも珍しく部活がない彼氏と久しぶりのデートができるはずだったんだが。

 保健室を出た澤田は、壁に寄りかかって立つ手塚に気づかなかった。

 「大丈夫なのか?」

 「あっ、手塚・・・これから帰るところでっす。あー、っと・・・ありがとう。運んでくれたんだよね?」

 「あ、あぁ・・・」

 手塚が口ごもった。
 澤田はポリポリと頭をかいた。

 「ところで、不二くんは?」

 「不二は・・・聖ルドルフに」

 「は?」

 「竜崎先生と一緒だ」

 「そう・・・」

 「タイミングが悪かったな」

 「ほんっと、むかつくわねっ」

 「仕方がないだろう」

 「違う! あなたのことよっ!」

 澤田は昇降口の方へ歩き始めた。

 「送るぞ」

 「へ?」

 「不二が、心配していたぞ。聖ルドルフから戻ったら、電話をするようだ」

 「そ、そう」

 澤田の手からかばんを取った手塚は、スタスタと歩き始めたのだった。
 病人を置いていく気か、なんで部長のあなたが行かないんだ、という澤田のつぶやきを背中に受けながら。





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