ランチタイム side 澤田美弥
「あ」
昼休み、理科室のドアを開けると、11組の乾くんがいた。
テーブルには、ビーカーやフラスコなんかが出ていて、ビーカーの中にはなにやら不気味な色の液体が入っているようだった。
「お昼食べないで実験してるの・・・?」
「うん、ちょっとね。お昼は後で食べるから。あ、もちろん、先生の許可はとっているよ」
そう言うや乾くんは手元のビーカーに集中し、何かを少しずつ加えていった。
先生の許可をとっているかどうかなんて、わたしには関係ないから、そんなことは別にあえて言わなくても・・・。
実験をしている乾くんは、とても暗い人に見えた。
乾くんとはクラスが違う。でも、不二くんと同じテニス部だし、手塚が一緒にいることが多いから、自然と、会えば話をするようにはなった。
でも、あまり、盛り上がらない。
彼は口数は多くはないし、データ、数字に根拠をおく論理的な彼と、感情的なわたしとでは、まあ、盛り上がらないものなのかもしれない。
乾くんという存在に興味はあるけどね。
不二くんから聞いた情報によれば、彼はデータテニスを手法としているみたい。対戦校や部員たちの分析を欠かさず、それに沿った練習メニューを考える。そして校内ランキング戦では部員の技を封じる動きをする。
・・・敵にはしたくない。
「澤田さん」
「えっ、あ、はいっ。・・・ごめん、気が散る?」
つい、乾くんの様子をじーっと見てしまっていた。
「いや。まあ、いいんだけど。そうだ、不二には、な・い・しょ・ね」
い、乾くん・・・。
人差し指をたてて「な・い・しょ・ね」なんてかわいらしい動作が、似合っているから不思議。
「また新しい栄養ドリンクの開発?」
「そう。嬉しいね、"栄養ドリンクの開発"という響き」
眼鏡をキランと光らせ、笑みを浮かべた乾くんは、試験管を揺すった。
「それ、飲ませてよ?」
乾くんの動きがとまった。
「やめた方がいい。何かあったら、僕は不二に刺されるだろうからね」
「あら、でもそれを不二くんにも飲ませようとしているんでしょ? 不二くん、乾くんのドリンク剤はなかなかイケるって、言ってたわよ」
「それは、特殊な味覚神経をもった不二にとってだけだな」
「不二くんがなかなかイケるって言うんだから、あたしも飲みたいな」
「まだ、開発中なんだ」
「そっか」
乾くん、気をつかってくれたのかな。気をつかってくれるなら、かえって飲ませてくれた方が良かったのに。
それにしても、どんなドリンク剤なのか・・・。
液体の色は、さらに怪しくなっている。この見た目から、「なかなかイケる」という味を想像するのは難しい・・・。
「海堂!」
えっ?と振り向くと、入口には2年生の海堂くんが立っていた。
「こんにちは」
「・・・ちーッス」
なぜか海堂くんの顔がちょっと赤らんだ。
彼もテニス部だから、面識はあったけど、見かけるという程度だったから、こんな風に顔を合わせるのは、初めてのことだった。
素っ気なくて、いつもギロッとにらみをきかせていて、でもそれは怒っているわけではなくて、たぶん、彼は人とつるむのが苦手で、恥ずかしがり屋さんなんだと思っている。
だって、乾くんとは、学年が違うのに仲良しのようで、一緒に歩いているところを見るし、今もこうして理科室にやってきている。
あ・・・。
「あっ! ごめんっ! って、別に、ごめんじゃ、ないやっ。あたし、そういえば行くところがあったんだ。おほほ。じゃね、乾くん」
「ああ」
「そ、そんな、別に、いいっスよ、澤田先輩っ」
「海堂くんも、またねっ。お邪魔しましたっ」
わたしは海堂くんの言葉は聞かなかったことにして、慌てて理科室を出た。
わたしが海堂くんを見た時に彼がサッと隠したのは、やっぱりお弁当だったんだ。
理科室でデートなんて、いいな。
今日、不二くんは手塚とお弁当を食べているのよね。そして、きっと、れんしゅー、だ。
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