めがね
「あっ」
カチッという音に、わたしは声をあげた。
手塚もちょっと驚いたようで、目が開くのを間近で見てしまった。が、彼は黙ったまま、ちょっと体をひいた。
「そうして導きだしたものをxに代入すればいいだけのことだ」
何もなかったかのように数学の教科書に目をやるかね・・・。
ストイックな男だ。
手塚の眼鏡とわたしの眼鏡が、ぶつかった。
向こうに転がった消しゴムをとろうとちょっと身を前にしたわたしと、わたしの方にある赤いボールペンをとろうとちょっと身を前にした手塚。
傍から見たら、「何やってんだ、おまえら」という図だ。
不二くん以外に、お互いの瞳の中に自分の姿を見られる距離で接したことのないわたしは、一瞬、あせった。
でも、手塚だから。
何もなかったかのように数学の話を続ける手塚だから、向こうは何も感じていないに違いない。
しかし。
不二くんに教えてもらえばいいじゃないかっ!と思う。クラスが違う彼氏よりクラスメートの他人、といったところか。きっと、手塚は「わかった、わからない」といったことが素直に顔に出るわたしを見かねて、助けてくれるのだ。手塚が、誰かから頼まれないうちに、先回りして手助けするところなんて、見たことがないが、それだけ、わたしの場合、顔に出やすい、いや、出すぎ、ということだろうか・・・?
「ありがとう、手塚。ここだけがどうしても理解しがたかったんだよね。今日のうちにわかって、助かった。でも、何で教えてくれたの?って、教えてもらった身で聞くのもナンなんだけど」
「困っていそうだったからだ」
「手塚って、困っていそうな人を直球で助けるタイプじゃなさそうなんだけど」
「むやみに手を出すのは失礼だと思っているからな」
「その失礼なことを、わたしにはできるってわけね・・・」
「澤田は、投げ出さないだろう? 自分できちんとやることを心がけているだろう? だからだ」
言葉を返せなかった。
「オレは部活に行く」
「あ、うん、ごめんね、ありがと」
手塚が教室を出て、わたしは少し呆けてしまった。
手塚がわたしを認めてくれていたみたいで、嬉しかった。
心が弾んだ。
汗をかいていた。
「不二くん・・・」
思わず不二くんの名前を声にしてしまった。
不二くんと手塚、手塚とわたし、不二くんとわたし。
それぞれがいい感じじゃんっ、そう思った。
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