初めてのキス
「海堂、一緒に帰ろう。部室で待っていてくれないか?」
「・・・わかりました」
大石から鍵を預り、僕は部室に急いだ。
部活後、手塚や大石と打ち合わせをしていたら、すっかり遅くなってしまった。海堂が怒っていないか、心配だった。
部室のドアを開けると、机の上に置いたかばんを枕にして、海堂は寝ていた。今日の練習はちょっとハードだったから、疲れたに違いない。しかし普段、僕が作ったメニューの倍、いや3倍以上をこなしている海堂が、今日の練習くらいでそう簡単にくたばることはないと思っていたのだが。
「・・・海堂」
僕は海堂を起こそうと、そっと呼びかけた。が、すぐに『待ったっ! まだ起きないでくれ!』と思った。
こんなにいい状況があるだろうか?
眠っているすきにキスなんて、ちょっと寂しい気もするが、これもタイミングの一種だ。
海堂の寝顔は、かわいいと思った。
普段、他人に対して睨むような顔を向けているけど、眠っている顔はとても穏やかで、幸せそうだ。きっと、家族に愛されて育ったに違いない。こんな顔を見られて、僕は幸せだな。と、海堂の頬に唇をつけた。
「・・・んっ・・・」
海堂の顔がちょっとゆがみ、ゆっくりと目が開けられた。
僕がすぐ目の前にいることを認識した海堂は突然に立ち上がった。
「せ、先輩っ!」
海堂は驚きつつ、何か戸惑っているように見えた。
寝顔を見られたことが恥ずかしかったのだろうか、あるいは・・・?
「よく眠っていたね。かわいかったよ」
海堂はうつむきながら、左頬に手をやった。
「先輩・・・オレに、何かしたッスか?」
「えっ、いや・・・頬にキスを」
「な、なにをっ」
「ねぇ、海堂、今度はちゃんとやって、いいかな?」
「ちゃ、ちゃんと?!」
「そう。海堂がきちんと認識できるキスを」
「・・・オレ、こういうところで、そういうことは・・・」
そう言って、海堂は下を向いた。
「どこでだって同じだよ。こういうタイミングが、ここでやってきたっていうだけでしょ」
「先輩、はじめから狙ってたんッスかぁっ?!」
「いや。一緒に帰ろうと思っただけだよ。急いで部室に来てみたら君が寝ていたんじゃないか。海堂、君がタイミングを作ったんだよ」
「なんでオレのせいなンスか?」
僕が遅くなったことを棚にあげていることは知っていた。
でも、海堂の寝顔を見て自然に体が動いていたんだから。必然だったんだ、あのときのキスは。
「海堂は、オレとキスしたくない?」
「なっ、そっ、そりゃ・・・」
海堂が歯をくいしばって涙を落とさないようにしているのが、わかった。
「ずっ、ズルいッス、先輩、そんなこと聞くなんて!」
あー・・・海堂を泣かせてしまった。
「ごめんよ、海堂」
そう言って海堂を抱き寄せた。
僕の胸に、海堂が頭を押しつけてくる。涙を流しているに違いない海堂の頭を、そっとなでた。
「さ、最近、先輩のことばっかり考えちゃって、オレ・・・!」
そうか、だから寝不足なんだね。
「海堂・・・」
僕は海堂のあごに触れ、上向かせた。
ぎゅっと目を瞑る海堂の顔がかわいくて、見惚れるよりも何よりも、愛しさがこみあげる勢いでくちづけした。
角度を変えて何度も、貪るようなくちづけをした。
「・・・んふっ」
海堂が時折あげる声と、チュという音が響く部室。
海堂と出会え、特別な関係になれたことに酔いしれる僕がいる。
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