キスマーク×痣
「おはよう!」
クラスメートに声をかけるように教室に入った澤田は、自分の席につくと、隣の手塚に改めて挨拶をした。
「おはよう、手塚」
「おは・・・」
手塚は、澤田のセーラー服の襟元に目を奪われた。
「な、何?」
手塚が見つめる先に何があるのか、澤田自身にはわからず、それゆえに慌てて胸元や襟をさわってみたりした。
「いや・・・首が」
「は?」
「俺に皆まで言わせるな」
「だから、何?」
「キスマークがよく見えるぞ」
「えっ?! わ、わたし、つけてないよっ」
澤田は慌てて、襟を適当にさわった。
「普通、自分の首に自分ではつけないだろう」
「えっ、じゃあ、なんで?!」
「不二につけてもらったんじゃないのか?」
「えっ、まさかっ! それに、不二くん、口紅つけてないし。バスの中で誰かの口紅がついたのかなぁ? 制服についちゃうと落ちにくいんだよねぇ」
「いや、口紅をつけているとかつけていないとか、関係ないぞ」
「なんで?」
手塚は思った。ここまでのやりとりを組み立てると、澤田はキスマークを知らないのではないかと。
驚いたり、困り顔をしたりとコロコロと表情が変わるクラスメートの首筋に残るキスマークを見てしまい、手塚は自分の方が赤くなっているのがわかり、複雑な心境だった。
2限が終わった休み時間、理科室へ移動する際に手塚は不二のクラスに立ち寄った。
「珍しいね、君が僕のクラスに来るなんて」
「不二。俺には関係ないことだが、澤田の首にある痣、あれは露骨だぞ」
唐突に何を言い出すのかと思った不二だが、きっとキスマークのことであろうと理解した。
「澤田は気付いていない、いや、知らないだろうから、あまりかわいそうなことはするなよ」
「僕、つけてないよ」
さらりと言われ、にこりとした笑みを向けられた手塚は目を瞠った。
視線が彷徨い、後の展開に困っているだろう手塚を察し、不二は笑みを崩さずに言った。
「お昼、美弥と一緒に食べるから。そのときにでも、ね」
「あ、ああ・・・」
ぎこちなく去ってゆく手塚に対して、珍しいものが見れた、と感心する不二だった。
4限が終り、にやけながら教科書やノートを片付ける澤田を見て、その理由をはからずも知っている手塚はあえて言った。
「ごきげんだな」
「お昼、不二くんと一緒に食べるんだ。手塚と違って、わたしは久しぶりだからね♪」
手塚は動揺していた。俺の一言で二人の間が険悪になってしまったら、と。
足取り軽く教室を出る澤田を、無言で見送る以外、手塚にはなす術がなかった。
屋上に出た澤田は、既にいつもの場所に座っている不二を見た。
フェンスに寄りかかり、空を見つめる不二を、美しいと思った。
物事に執着しなく、無関心で、テニスでさえ勝敗とは違うレベルでやっている。そんな不二の琴線に触れ、興味をもってくれたことは奇跡だと、澤田は思っている。
『わたしも、同じくらいの想いを返せてるのかな・・・?』
足音に気づいた不二が、顔を向けた。
「お待たへ」
「クス・・・エージみたいなことを言うね」
「言ってみたかったんだもん。菊丸くんの言葉はかわいいから」
「そう? そういえば昨日、エージが書店に入っていく美弥を・・・」
他愛のない話題で盛り上がり、笑い、それはごく普通のランチタイムだった。
不二は、澤田が首をしきりにかいているのが気になっていた。
「美弥、首、かゆいの? 見せてごらん」
澤田の腕をとり立ち上がった不二は、澤田の肩に手を置くと、首に顔を近づけた。
「美弥、かゆくても爪でかいちゃダメだよ。内出血を起こして痣になってるよ」
そう言って、痣とは反対側の首筋に、唇を押し当てた。
首から全身に行き渡るような不二の温かさを感じ、澤田はゆっくりと目を閉じた。
不二は、ぶらりと下がっている澤田の手をとり、五指を絡ませた。しばらくして顔をあげると、顔を真っ赤にしている澤田の唇へ、優しいキスをした。
教室に戻ってきた澤田の首を見て、手塚は驚いた。
『増えている。・・・本物ってことか』
昼食後の授業には集中できなかった澤田を、察した手塚がフォローしたのだった。
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