憧れ×理解








 不二にとって澤田が大切な存在だとわかるや、告白は早かった。それまで、家族やテニス部員のためだけに感情をあらわにしたり、熱心になると思っていたのだが、澤田が自分を理解する者だとわかってからは、自分のために行動していた。
 澤田を手に入れるための行動力はすさまじかった。状況を鑑み、邪魔なものは排除しておく。迷いがなく、直球勝負だった。
 そうして手に入れたわけだから、その後も、不二は気を抜かない。いつくしむように、優しく接する。自分に惹き付けておきたいがために、澤田の下心や嫉妬心をあおる。つまり、抱かない。
 それらは、不二が己の独占欲を満たすための行動であることに、澤田はおそらく気づいてはいない。しかし、澤田は無意識に、そんな不二を優しく包み込んでいる気配がある。

 オレには不二のような行動力はないが、人並みに下心はある。しかしそれは誰に対してでも生じるわけではない。




 教室に戻ると、澤田が話しかけてきた。

 「また、告白されて振ってきたの?」

 相変わらず鋭い。というよりは、もはやわかりやすいか。
 昼休み、澤田と話をしていたオレは隣のクラスの女子に呼ばれ、音楽室に行った。予想できていたことだが、そこでは別の女子が一人待っていた。オレに憧れていて、つきあってくれ、と言う。だいたい、誰かを介して愛を告げようというあたりで興味はないのだが。

 「なんでわざわざ振りに行くのよ」

 だからこそ行くのだ。

 「変に律儀ね。来ると、期待しちゃうよ。脈ありっ?!って」

 ふん。そんなものだろうか。

 「手塚にただ憧れてるだけの人が多いなかで告白するなんて、勇気があるよね」

 オレとつきあってどうしたいんだ?

 そう言ったら、澤田は驚いていた。

 「そうねぇ・・・ラーメン食べに行ったり、勉強したり? あとは・・・山に行ったり?」

 オレはちょっと考えこんだ。


 悪くないな。

 「へ?!」

 澤田は何がおかしいのか吹き出していた。

 「山に行ければ誰でもいいってことじゃないわよ。この人と行きたいって思わないと。・・・ちゃんと手塚をわかってくれる人と出会えるといいね。憧れと理解とは、真逆な感情だから」

 そう言って澤田は口角をあげ、笑んだ。

 「あ、そうだ。図書室に行かないといけないんだった」

 澤田は慌てて教室を出ていった。





 オレを理解してくれる奴か?
 目の前にいたオマエが、そんな奴の気がするのだが。

 憧れている奴を組み敷くよりも、理解してくれる人と笑ったり、けんかしたりする方がいいだろう。
 いつかオレにも、不二にとっての澤田のような人が現れると思う。
 澤田は、オレと普通に接してくれた。
 みな、どこかオレには遠慮がちになるが、澤田にはそういうところがない。
 オレは、受け入れられた、と思った。



 もし、オレが不二より先に告白していたら、澤田、オマエはどうした?





 世界史を得意科目とするオレとしたことが、"もし"などという不毛なことを疑問にしてしまった・・・。
 




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