青春時代








 「手塚」

 振り向いた手塚は、右手を挙げてにこりとする不二を見た。

 「今日さ、放課後、時間ある?」

 「あぁ、あるが・・・何か?」

 「姉さんがケーキを焼いていてね、食べに来ない?」

 手塚は顔を赤らめ、戸惑ったふうに目を泳がせた。

 「大丈夫だよ、美弥のことは気にしなくても。手塚が僕の家でケーキを食べたからって」

 「オレは執拗な嫌味を言われる・・・」

 不二は笑った。

 「一緒に帰ろう。放課後、君の教室に行くよ」

 手塚はうなずくと、不二に背を向けた。










 「さ、あがって。手塚、先に上に行ってて」

 「あぁ。お邪魔します」

 手塚は一人階段を上がり、不二の部屋へ入った。
 いつ来ても不二の部屋は男っぽさを感じないな、と手塚は思った。全体的にきれいに整えられている。趣味のさぼてんが置いてあり、旅先で撮った写真がきれいに飾られている。不二の几帳面であり、好きなことには手を抜かない性格を伺い知ることができる。
 手塚はかばんを置き、座った。
 ふと、ベッドサイドに置かれている小物が目に入った。

 「お待たせ」

 不二はケーキとお茶を載せたお盆をかかえてきた。

 「デジカメの保護用カバー。それ、美弥が作ったんだよ」

 「そうか・・・」

 手塚は布製のそれをじっと見ていた。

 「彼女、プロ級だよ」

 「うむ」

 普段、澤田の活発的な部分しか見ていないが、裁縫をするような女の子らしさもあるのだな、と手塚は改めて思った。

 『・・・誰かを知っていくというのは、楽しいものだな。』

 カバーを元に置いた手塚は、ケーキを見て思わず息をもらした。

 「ん? どうしたの、手塚?」

 「あ、いや・・・相変わらずすごいな。こんなケーキを日常的に作ってしまうなんて」

 「姉さんに直接言ってあげてよ。由美子姉さん、手塚のことお気に入りだから、喜ぶよ」

 手塚の顔が赤くなった。

 「手塚は、年上には弱いよね? そういうところがまた刺激しちゃうんだろうけど」

 そう言って不二はクスッと笑った。
 手塚は同い年くらいの黄色い声には振り向きもしないが、年上の思慮深そうな女性には弱かったのだ。

 「もうすぐ関東大会だけど、こうしてまったりする時間を過ごすのも大切だからね」

 不二は手塚の前にお茶を置いた。

 「・・・本当に、オマエと澤田は持っている空気が似ているな。こういう和み感覚も」

 「嬉しいな、手塚にそう言われると。手塚も、美弥とは居心地いいはずだよ?」

 「あぁ・・・」

 手塚は口元に手をやり、赤くした顔を背けた。

 「美弥も、手塚のことは好きなんだよ。美弥は嫌いな人には嫌味すら言わないから。・・・外部との接点になって、良かったね?」

 手塚は、バッと不二を見た。
 3年になり、手塚は澤田と同じクラスになった。
 女子は勉強でわからないことがあると澤田に聞くが、そんなとき澤田は、「ココ、手塚の方がわかりやすく教えてくれるよ」と手塚に振っていた。手塚がクラスメートと話すきっかけを作っていたのだ。
 そんなことが繰り返しあったことで、クラスの中で変に浮いた存在から、頼られる存在に変わっていった。

 「オレも・・・澤田のことは好きなんだと思う。いや、別にオマエから奪うとか、そういうことを考えているわけではない・・・」

 「うん」

 不二が嬉しそうに笑むのを見て、手塚も笑んだ。





 「すっきりした。オマエに言えて」



 「手塚・・・」



 下を向いていた手塚は顔をあげた。
 不二は手塚の頬に手をあてると、そっと口付けた。
 顔を離した不二は、驚きで目を見開き、真っ赤になった手塚の顔を真正面に見た。
 腕で口元をふさぎ、動くことができなかった手塚は、不二の唇の感触を思いおこし、起こったことをようやく認識した。



 「不二っ!」

 「僕、手塚を好きなんだ」

 「だからって・・・!」

 「ずっとテニスを一緒にやってきて、君を意識せざるをえなかった。・・・ごめん。美弥と付き合っている僕が、手塚に手を出してはいけないね。ちょっと感傷的になっちゃった・・・。部活の終わりが近づいているせいかな。不安定なんだ、このところ」

 「澤田は敏感だろう?」

 「うん、感じやすいよ」

 「そういう意味ではないっ!!」

 「ふふ。・・・・・・そうだね」





 「夏が終わったら、どうなるんだろうね?」

 「その前に、関東大会だ」

 手塚は、部を牽引していく至高の強さを持つ。
 青学という旗印の下、部長として、一人の男として、夏が終わる---引退する---前にやらなければならないことにかける強い意気込みを持っていた。

 「そうだね」

 手塚から射抜くような視線で見つめられた不二は、そう言ってにこりと笑顔を向けた。










 翌日、教科書を開いて予習をする手塚に、澤田が声をかけた。

 「先週、2番目の公式までやったよね?」

 「あぁ・・・」

 澤田は、朝から目を合わせようとしない手塚を不審に思った。

 「ねぇ、手塚。・・・不二くんと、キスした?」

 手塚は真っ赤になった顔を勢いよく上げた。

 「なぜっ・・・!」

 「なぜって・・・。手塚がヘンだからよ。別に怒ったりはしないから」

 「・・・なんでそんなに寛大なんだ」

 「んー、不二くんだから? 手塚、だから・・・? なんか、男の子同士って、男女ではわからない結びつきがあると思うから」

 手塚は息を吐き出し、少し気を楽にした。
 が、その瞬間から、澤田の刺さるような冷ややかな視線を体中に浴びるのだった。

 『澤田のうそつき・・・。』





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