恋愛模様
すっかり陽は落ちていた。冷ややかな空気が漂い、遠慮がちな虫の音が秋の訪れを感じさせる。
ナイトゲームができるよう整えられた照明設備が、レギュラー陣がコートに置いていった熱気を照らしていた。
氷帝学園中等部男子テニス部マネージャーの澤田美弥は、部室の鍵をしめると、ほっと一息ついた。
「お疲れ」
声が聞こえた方を見れば、鳳長太郎が壁によりかかっていた。美弥は、長太郎の顔を見ると、自然と笑顔になる。
「ありがと。待っててくれたんだ?」
「美弥を一人で帰すのは、危ないから」
「でも、これから日が短くなるから、そんな日ばっかだよ?」
「毎日は難しいかもしれないけど、できるだけ、ね」
「ちょたのそういう優しいところ好き。あっ、今日もありがとね。ダンボール運ぶの手伝ってくれて」
「どういたしまして」
「あれは本当に重かった。跡部さん、少しは気をつかってくださいよ・・・。」
部長の跡部は、重いものを運ばせる、とても時間がかかることを平気で一人でやらせるといったように、美弥への指示に容赦がない。だから、不満一つ言わずにもくもくとこなす美弥を、長太郎に限らずレギュラー陣は放ってはおかなかった。可能な限り手伝う。テニス部一長身の持ち主で、体格もいい長太郎は、同学年であり「彼女」ということもあり、力仕事でよく美弥を助けていた。
「かわいいなぁ・・・。」
にっこりと笑む美弥の頭に触れ、長太郎はくしゃと髪の毛を揺らす。そうして、後頭部をなでる。
美弥がこうされることが好きなことを、長太郎は知っている。
長太郎は、部活終了後に美弥をリフレッシュさせることを自分の責務のように捉え、また、美弥がやっていることに感謝し、美弥をなでるその手には尊敬の気持ちを込めていた。
「美弥、お腹空いてない? 何か食べてく?」
「んー・・・ちょた、ウチでご飯食べてかない?」
「いいの、そんな急に?」
「大丈夫。ちょた、知ってるでしょ、ウチのママが料理大好きなのは?」
「う、うん」
「それに、ちょただったら、いつ来ても大丈夫だよ」
「うれしい!」
長太郎は美弥の耳にキスをした。
「もうぅっ、、ちょたってば・・・」
顔を真っ赤にして恥ずかしがる美弥を、長太郎は愛しく思う。
「ただいまー。ご飯、ちょたも一緒に食べるから」
美弥の母親が玄関に出た。
「おかえりなさい、美弥。長太郎くん、いらっしゃい。どうぞゆっくりしていってね」
「すみません、突然お邪魔して」
「いいのよっ! 今日お父さんいないのに、ご飯、いっぱい作っちゃって。なんなら、泊まってってくださってもいいのよ」
「ママッ!」
「オホホホホホッ」
顔を赤くした美弥は、小走りでキッチンへ戻ってゆく母親の背をにらみ見た。
キッチンに導かれた長太郎はいつものことながら驚いた。
テーブルには、これからパーティが開かれるのではないかと思うような量の惣菜が載っていた。
「いつもいつも、すごいですね! 素敵なおかずです! うわっ、おいしい!」
早速一口食べた長太郎は叫んだ。
「良かったわ! いっぱい食べて大きくなってね」
「ママ・・・」
身長185センチの長太郎に対してニコニコとおかしなことを言う母親と、「はいっ!」と返事をする長太郎とを見て、美弥は何ともいえない幸福感を持った。
美弥、長太郎、美弥の母親という3人での夕食を終え、美弥は長太郎を連れて自室へ入った。
長太郎はベッドに寄りかかり、美弥の話を聞いていた。相槌をうったり、あくびをしたり、そうして、小テスト、委員会、学校行事など、レギュラーのためほとんどの時間を部活に費やしている長太郎に欠けてしまいがちな情報を得ていた。
「そっか・・・。じゃあ、来週あたり、ウチのクラスも小テストありそうだな」
「そうだね。さらっておいた方がいいかも」
「よし。それじゃあ、そろそろ帰ろうかな」
長太郎は立ち上がり、テニスバッグを持った。
「美弥、疲れてるんだから、早く寝るんだよ」
「うん・・・」
長太郎は、美弥の声のトーンが若干下がったことに気づいた。
美弥を抱きよせ、腕の中にすっぽりと収めた。頭をなでる長太郎に、美弥は自然と体をあずけた。
「美弥・・・」
頭をなでていた手を頬にすべらせ、上向かせると、唇を重ねた。
そっと顔を離した長太郎は、上気した美弥の顔を見て、笑んだ。
「おやすみ。また明日ね」
そう言って、美弥の前髪をかきあげ、額に口付けた。
「外まで送るから」
頬の火照りを冷ましたく、また、長太郎との別れも惜しく、美弥は玄関外に出た。
「ちょた、おやすみ。・・・今日は来てくれてありがと」
「こちらこそ。ごちそうさまでした。じゃ!」
部屋に戻った美弥は、さきほどまで長太郎が座っていた場所を、なでた。
「わたしも勉強しよっかなっ」
椅子に座り、ノートやテキストを開く。長太郎が授業中に聞き逃したという数式の解法を説明した時のことを思い出す。
『そっか! わかったよ、美弥! サンキュー!』
美弥は、学校生活の大半を長太郎と過ごし、同じ時間、同じ時代を共有しているという喜びをかみしめた。
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