はじまりの鐘は高らかに
「行こうか」
手塚はそう言ってわたしの手をとった。
「うん」
テニスをやっているのに、細く、しなやかで、節ばっていない手をしている。そのきれいな手ににぎられているということは、わたしの胸を熱くじーんとさせた。
手塚と、初めてのデートが始まったばかりだ。
* * *
いつの間にか、手塚が気になる存在になっていた。
一週間くらい前のこと-----
その日の放課後、日直のわたしたち以外、教室には誰もいなかった。
「澤田。その、付き合ってほしい」
「え・・・」
「・・・買い物に」
「・・・・・・・買い物・・・に・・・?」
「いや。・・・買い物、にも」
「えっと・・・」
自惚れてもいいのだろうか、とわたしは戸惑った。
「お前が好きだ」
「手塚・・・。わたしも手塚のこと好きだよ」
* * *
かくしてわたしは手塚とお付き合いすることになり、このデートは手塚から誘っ
てくれたものなのだ。
「ちょっと付き合ってほしいんだ」
一緒に行ったところは、ミツマルスポーツ。注文していたシューズを受け取りたかったらしい。もしや、本当に買い物に付き合うだけだったのか?!と内心笑った。
こちらですね、と店員が箱を開けた。
「お試しになりますか?」
「はい」
手塚ははっきりとそう言って、真新しいシューズを受け取った。
うつむく顔にかかる髪の毛がきれいだった。シャンプーやリンスにこだわっていそうな気がした。
紐を結んだ手塚は、フーッと一息ついた。
「格好いいよ」
「・・・そうか?」
手塚の顔が赤くなった。
最初にわたしに見せてくれたんだ。
「書店につきあってくれないか?」
電車に乗った。二つ隣の駅で降り、青春台近辺で一番大きい書店に入った。
手塚が手にするのは、世界史関係の書物が多かった。
「手塚、世界史が得意なんだっけ?」
「ああ」
「わたしはねー、日本史派だよ。世界史はね、人名がカタカナでしょ? 覚えにくいの。それにカタカナって、本当にあったことっぽくなくて」
手塚はキョトンとした顔をしていた。
あ、また変なことを言ってしまったか、とわたしは下を向いた。
わたしは時々、手塚にキョトンとした表情をさせている。たぶん、手塚にはない発想をわたしがぶつけるから、びっくりしているのだと思う。
「澤田はどんな本を読むんだ?」
「わたしは、古代史が好きだから卑弥呼の時代の本・・・邪馬台国に関する本とか」
「そうか」
そう言って手塚はにこりとした。
その笑顔はキレイだった。そして、わたしの好きなものを認められた気がして、嬉しくて、つられてニコーと返した。
本のページを繰る指はスラーッとしてきれいで、見入ってしまった。
「これを買おう」
「うん。待ってる」
手塚が手にしたのは、ジュリアス・シーザーに関する本だった。
シーザー、好きなのかな。今度、手塚に借りて読んでみようかな。
会計を済ませた手塚とわたしは、揃って書店を出た。
書店やスポーツ店・・・手塚の日常に触れているようで、嬉しかった。
次はどこに連れて行ってくれるんだろう?
わたしはワクワクしていた。
「澤田は・・・どこか行きたいところはあるか?」
ノーアイディアだった。
フル回転させて出た言葉は「お茶、しない?」
「そうだな」
お茶を飲むという行為そのものよりも、同意を得られたことが嬉しかった。提案をすることに、とてもドキドキしている自分がいる。
しばらく歩いてみると、たくさんの花で飾られたカフェがあった。
「手塚、手塚っ。ココ・・・」
店の外観がかわいい!と思ったわたしは、つないだ手塚の手を引いた。
「入ってみよう」
ケーキ食べて、紅茶飲んで、山の話をした。手塚は登山が好きで、よく登っているらしい。わたしも好きなのだ。
そうして、手塚の優雅なしぐさに見惚れた。
「あっ、手塚は、どこのシャンプー使ってるの?」
「シャンプーか・・・?」
「そう。シャンプーとリンス」
「マシェリだが」
「そっか」
ウチのシャンプーとリンスをマシェリに替えてもらおう、と思った。
「手塚、門限あるんじゃない?」
「あぁ」
「帰ろうか」
「・・・そうだな」
カフェを出て、歩くときには自然と手をつなぐようになっていて、嬉しかった。
青春台駅に戻った。
手塚はここからバスに乗る。
手をつないだまま、しばし二人で立ち尽くした。
手塚の手を離したくなかった。
手塚は何を考えているだろう・・・?
もっと一緒にいたいな、今度は一緒に勉強しようか、今度はウチに来てね、といろいろなことを思った。
っ・・・!
つないだ手を引っ張られ、すると、手塚の腕の中におさめられていた・・・。
その力強さに、さすが運動部、と冷静な部分で妙に感心し、また、途端に異性として意識してしまった。
ブラリと下がった腕を、おずおずと手塚の背にまわした。
手塚の心臓の鼓動が伝わってきた。わたしの鼓動が早まるのは、手塚にはわかっているに違いない。
好きな人と抱き合うのが気持ちいいことを、初めて知った。
「今度、一緒に勉強をしよう」
「うん!」
手塚が未来を言ってくれて、嬉しかった。
そうして手塚は、顔を真っ赤にしたわたしを一人置いて、バスに乗っていった。
初めてのデートは、きっと忘れない。
月刊ナカジン表紙へ戻る
妄想ページのトップへ