魔法の呪文(2)








 忍足が正レギュラーを勝ち取った翌朝、登校する美弥に忍足が声をかけた。

 「みっやちゃ〜ん。おはよ〜さ〜ん」

 美弥の顔が一瞬ゆがんだ。
 このヘラヘラ感と試合の雰囲気とにギャップを感じるのだった。

 「美弥ちゃん。試合、見ててくれた?」
 「しっかり見ました。わたしもテニスやりたいって思っちゃいました。なんて、わたしがやったからって、忍足先輩みたいなことができるわけじゃないんですけど。誰かにそう思わせるパワー・・・わたしも欲しいです」
 「うーん。美弥ちゃんだって、みんなを元気づけてんで。美弥ちゃんがマネージャー始めてから、明るくなってんで、部が。いろんなこと気ぃ付くし、何かがそこにあるのが当然になってしもたし、それは美弥ちゃんが頑張ってくれてる証拠やねん」

 美弥は胸がざわつくのを感じた。
 見ていてくれてる人はいる・・・。

 「美弥ちゃんは、自分が望んでやっているくせに、それを蔑むところが良くないねん。まあ、自分で「良くやってる」って言いにくい仕事やから、誰かに言ってもらわんとやりきれないのかもせーへんけど・・・頼りにしとるで!」

 そう言って忍足は美弥の頭に手を置いた。

 「ほな、また部活でな!」

 昇降口で忍足と別れた美弥は、しばし立ち尽くした。





 その日、授業に全く集中できず、美弥が頭に描いたのは忍足の姿だけだった。
 忍足は美弥の中に『入ってきた』人だった。そして、その入り方が、美弥には心地良かった。

 「忍足先輩のこと、好きかも・・・」

 帰宅してベッドに身を投げた美弥はつぶやいていた。
 アレは、わたしに向けられたものなの? わたしだから? うぬぼれてもいいの・・・?
 あの時、ポッキーを反対側から食べていたらどうなっただろう・・・?
 ふと思い出し、美弥は唇をそっと触った。
 でも、あんなすごい先輩を独り占めしちゃいけないんじゃ・・・?
 そう思うくらいに、試合はすごかったのだ。
 美弥は忍足への気持ちを秘めることを決めた。





 夏合宿前から跡部景吾が部長となり、2年生が部を引っ張ってゆくことになった。



 忍足への気持ちを秘めることは決めても、美弥の目は自然、忍足を追っていた。そうして追った視線の先、跡部が美弥を見る視線とぶつかった。
 美弥は息をのんだ。

 「澤田っ! てめぇ、何さぼってんだよ。ボールまとめておけ!」
 「は、はいっ!」

 見られたっ、よりによって"俺様"跡部部長に!
 美弥はコレをダシにいじめられることを恐れた。
 が、見られてしまったものは仕方がないと開き直るしかなく、気持ちを切り替えてボールカゴを部室に運びこんだ。



 忍足が美弥に告白したのは、夏休みが明け、後期授業が始まってからのことだった。
 部室での突然の告白に美弥は驚いたが、唇を奪われ、名前を呼ばれ、押し殺していた気持ちが息づくのを感じ、自身の気持ちを忍足に返したのだった。



 「良かったね、澤田さん。ずっと想っていたんだもんね」

 同学年の鳳長太郎が澤田に話しかけた。

 「え・・・? ずっと想っていた? 誰が?」
 「澤田さんが」
 「なんでっ?!」

 長太郎は噴き出した。

 「みんな気付いてるよ、澤田さんが忍足先輩を好きなことは」

 美弥は跡部の顔を思い浮かべたが、長太郎から意外なことを聞いた。

 「だって、澤田さん、わかりやすいから。顔に出るし。そういうかわいいところが、みんな、おもしろいって思うんだよ」

 随分な言われようだなと思い、そして、ハッとした顔を向けた。

 「なに?」
 「・・・ってことは、忍足先輩も・・・?」
 「きっと。そういうの、敏感そうでしょ?」
 「う、うん・・・」
 「あ、でも、澤田さんが自分を好きだからどうこうってんじゃなくて、先輩は初めから澤田さんに興味があったんだと思うよ。他の人をけん制してるし」
 「けん制?」
 「名前で呼ぶの、忍足先輩だけだよ」

 美弥は驚き、長太郎を見た。



 すごく愛されてるよね・・・?



 あふれ出る想いは美弥の顔を赤く染めた。
 そんな美弥を見て、長太郎も幸せそうに笑んだ。





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