新年茶会
「間もなく殿がおいでになりまするな」
「今年の"当たり人"は、誰ぞになりまするか」
「なんとのぉ、この場が緊張してござるな・・・」
「それがし、今年こそは」
「毎年そのようなことを聞いておるが」
「そのような気概がのうて、やってはいかれぬわっ」
「奥方様も、なにやら緊張しておられるような」
「毎年蘭丸殿にとられておられますからなぁ」
「さすがの奥方様も、蘭丸殿とあっては気も抜けず・・・ほれ、今も蘭丸殿の方を」
「毎年、ちらちらと盛んに蘭丸殿の方に視線を送っておられまするな」
「お蘭殿の、殿への接し方はちーとばかり普通ではありませぬからのぉ」
「奥方さまもお気の毒な・・・」
安土城大広間にて、美弥は、主を待つ座布団を見ながら話に花を咲かせている家臣たちや、その座布団の隣に堂々と座る蘭丸を眺めていた。
今日は「新年茶会」の日だった。
信長が南蛮より取り寄せた菓子を全員で食べる。取り分けられた菓子の中に木の実が入っていた人が"当たり人"となり、一年間、信長の寵愛を受けることができるのだ。そして、その寵愛を一身に受けている、つまり毎年木の実が入った菓子を食べているのが、蘭丸だった。
談笑しながら美弥の視線を感じた蘭丸は、穏やかな笑みを向けた。そんな笑顔がまた美弥の癪に障った。
家臣たちが寵愛を受けたいと期待に胸ふくらます状況は、美弥にとって必ずしも居心地のよいものではなかった。それはもちろん良いことに違いはないが、憧れのような陶酔するような目が信長に向けられる様は、見ていて気持ちが良いものではなかったのだ。
甘い香りが城中に漂い始めていた。
今年はどのような菓子かと、皆が期待する。
「殿のおいでです」
「皆の衆! 待たせたな! では利休、頼むぞ」
木箱を手に後ろを歩いてきた利休にそう言って、信長は座布団に腰を下ろした。
皆の注目を浴びる中、利休が木箱の蓋を開けた。
湯気があがり、黄金色のまぶしさが人々をどよめかせた。
「この甘いにおい」
「なんというふくよかな・・・」
「美しい、小判のような色じゃ」
その菓子を目の前に、戦国武将といわれる者たちの表情から覇気は薄くなっていた。
利休は早速に菓子をとりわけた。
「今年の菓子は、カステェラじゃ。見てみよ、この黄金色を。うまそうじゃの。誰ぞのカステェラに木の実が入っているか、楽しみじゃ」
取り分けられた菓子を皆が一斉に口にした。
自分の菓子に木の実が入っていないか、あるいは誰かが名乗りを上げるのではないかと、互いをさぐり合うようかのように皆の視線がうろついた。
「殿、わたくしでございます」
皆の視線が蘭丸に集まった。
「今年も蘭丸殿でござるか」
「これはこれは・・・」
さまざまに驚いている家臣の声が美弥の耳に入ってきた。そして、家臣たちの言葉裏に自身に対する同情を感じた美弥は、顔を赤くした。
「お蘭。またわしのそばに居よ」
「はっ。ありがたき幸せでござりまする」
常に木の実があたるようにすることなど、蘭丸には造作のないことだった。
近くにいて視線を合わせないような他愛のないことをする、無心に菓子を食べる美弥に、蘭丸はいつくしむような視線を送った。
後世の人々が、信長と蘭丸との仲睦まじい様をささやく背景には、こんな年中行事があったとかなかったとか・・・。
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