キミと近づく








 『美弥、今日、うちに来ないか?』
 美弥の目が見開いた。
 『たまには二人きりなのも、いいだろう?』
 そういうこと・・・?といよいよ来た瞬間をかみしめる美弥の頭の中は白くなっていった。










 手塚の家には、何度か行ったことはあった。
 勉強をしたり、手塚の母親を交えてお茶を飲んだり。手塚の母親は、おっとりとした人で、なぜこんなタイプの人から厳格の権化のような手塚が生まれたのか、美弥にはわからなかった。

 「ご両親はどちらへいらっしゃったの?」
 「北海道だそうだ」
 「そう」

 美弥はにこりを笑みを返した。


 「美弥、おいで」

 隣に座ろうとした美弥は腕をつかまれ、手塚の両足の間へと座らされた。
 後ろから抱きしめられた美弥は背中に手塚の温かさを感じていた。

 手塚の鼓動がわかる・・・。

 自分の左胸が共鳴しているかのようだった。



 手塚は、美弥の髪の毛をすいていた。



 「美弥」
 「ん?」
 「関数の解答、わかっていなかっただろう?」
 「え」
 「数学の授業中、そこでつまずいてその先に進まなかっただろう?」
 「な、なんで、今」
 「今、それを思い出したんだ」

 手塚はそう言って美弥を解放すると、かばんからノートを取り出した。

 「こういうことだ」

 渡されたノートを、美弥は見た。
 それは、美弥に説明するために書いてあるかのようで、授業中、美弥が確かに顔をゆがめた箇所を解説していた。

 「これ、わざわざ書いてくれたの? 授業中に?」
 「あぁ」
 「ありがとう。・・・すっごくよくわかる」

 「あ、ねぇ、手塚。そういえば、文集のアンケート、何て書いた?」

 ノートをぱらぱらとめくりながら、ホームルームで記入した卒業文集用のアンケートについて美弥は聞いた。

 「将来の夢、か?」
 「そう」
 「ふん」
 「何よ、教えてくれないの?」
 「いや・・・美弥は、何て書いたんだ?」
 「手塚のお嫁さん」
 「何をっ・・・?!」
 「冗談よ」

 顔を真っ赤にする手塚を見て、ふふふ、と美弥は笑った。

 「でも・・・手塚を支えたいとは思うかな」

 手塚は、瞠目して見た。

 「テニス、続けるんでしょ? アメリカ、行くんでしょ? 世界にいどむあなたを、支えられたらって思うのは、本当」
 「美弥・・・」



 手塚は美弥を見る目を細めた。



 「美弥。そういえば、最近、青葉公園や街路樹に植えられているハナミズキがあるだろう」
 「うん」
 「あれはアメリカ生まれの苗木で、日本中に植えられ始めているらしいぞ」
 「へぇ。植物による侵略?」
 「あぁ。その根が、近いうちに日本中に網の目のようにはうようになり、アメリカまでつながるらしい」
 「そうなの?! それはゆゆしき事態じゃないっ!」
 「冗談だ」
 「え」
 「さっきの仕返しだ」

 美弥は、手塚は変なところで負けず嫌いだと心の内で思いながら、根を伝えばアメリカまで歩いていけるとブツブツ言い、ノートに目を移した。



 「あ・・・」

 後ろから抱きしめられた美弥は、冷静になっているふいをつかれたかたちとなり、ノートを落とした。

 「手塚、ノート・・・」
 「構わない」

 首筋に口付けを受ける。手塚のにおいが鼻をくすぐる。
 手塚になでられているが、現実感が乏しかった。
 なぜなら、手塚のそのきれいな手は、ラケットを握る手であり、勝利をつかみにいく手であり、また青学を支えている手だからだ。
 乏しい一方で、だからこそ、その手で触られていることが、美弥を満たしてもいた。





 美弥はベッドに横たえられていた。
 鼻先を触れあわせ、見つめあう。誘い、誘われ、そうして、どちらからともなくキスを求めた・・・。










 手塚に触れられたところはじわりと熱を持ち、優しい愛撫に美弥の痛みは癒された。




















 裸身を添わせ、温もりを分け合う。










 手塚は、呼吸が整ってくると共に、腕にかかる美弥の頭の重みを心地よく感じ始めていた。

 「美弥・・・」

 上半身を起こし、美弥の額にかかる髪の毛をすきやると、唇を落とした。

 「テヅヵ・・・」

 普段なら何ということはないことだが、手塚の目をまっすぐに見ることはできず、顔を赤らめた。
 何も隠せない恥ずかしさ、気持ちだけでなく全てを受け入れるということの意味を知る。

 「手塚」
 「なんだ?」
 「・・・こんなに気持ち良いなんて、思わなかった」
 「そうだな。オレもだ」

 手塚は美弥の額にくちづけた。

 「いつまでも、こうありたいな」
 「うん」



 絡み合う二人の足が、毛布からのぞいている。
 滑らかな肌を互いに擦り合わせ、甘くもほろ苦かったひとときを呼び起こし、また、甘いひとときに浸る。





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