花にかける夢








 柔らかい春の陽射しがふりそそぐ安土城。
 庭の草花を眺めている美弥の顔には、自然、笑みが浮かぶ。
 城の主が、冷酷、残忍と評される印象からは想像できないくらいにこの美しい庭を愛していることを、美弥は知っている。


 「美弥は花が好きじゃの」

 美弥は、近寄る信長が、無造作ではあるが隠し持っているものが気になった。

 「殿と初めて会うたとき、再会したとき、常に花がありました。殿と私を結ぶものでござりましょう・・・?」
 「うむ。美弥、これをやろう」

 そう言って、信長は美弥の目の前に奇妙なものを差し出した。
 細い筒の上に平たい皿が乗っている形の、瀬戸物だった。筒には、何かを入れることができるようだが、美弥には見当がつかない。

 「何で・・・ござりましょう・・・?」

 信長は手近にあった花を手折ると、筒の中に挿した。
 美弥は瞠目した。信長が手折った花はシロタエギク。花言葉は「あなたを支えます」・・・。

 「見よ! 美弥の好きな花を立てて活けるものじゃ。この筒の部分に茎が入る。そうして、花だけがこの皿の上に広がるのじゃ。上から見ると、きれいであろう? 普通は、床の間に飾って一定の角度から見るだけじゃが、これは花を中心に一周できる上に、上からも見られる! 己中心ではなく、モノを中心に持ってゆき、己がその周りを動くのじゃ」
 「殿・・・」
 「花は立体的なものであるから、平面で見ているだけでは、つまらぬ。この空間上、めいっぱいに花を楽しめるぞ!」
 「お気持ち、嬉しゅうございます」
 「しかしなぁ・・・美弥」

 美弥は、信長の声の調子が急に下がったために、いぶかしげな顔をした。
 信長はそんな美弥のあごに手をやり、クイと上向かせる。美弥の顔が赤らむ。

 「んん? 妬けるのぉ」
 「し、植物に対して妬ける・・・など」
 「そなたは儂を見ておれ」

 信長は美弥を強く抱き寄せるとそっと唇を重ねた。角度をかえて幾度も唇を重ねる。
 美弥は、信じる身は一つとばかりに、信長の衣をにぎる手に力を込めた。





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