honey








 忍足は閉じた携帯をテーブルに置き、キッチンに入った。
 着信履歴から、いつもの美弥ならばすぐに折り返してくる。
 『そういや、先々週もそんなこと、あったなぁ。・・・ん? その前にも・・・』
 全く音沙汰のない日が以前にもときどきあったことを思い出し、それは忍足を安堵させた。
 『美弥は戻ってくる』










 何か困ったことがあっても美弥は自分からはなかなか言わない。ただ、何か言いたそうな雰囲気を持って忍足の方には向く。そういう美弥の顔色を見て、忍足が美弥の心の扉を開くのだ。
 美弥の家に行きたいところだが、それでは無理にこじ開けにいくような気がして、忍足はため息をついた。

 コーヒーをいれた。
 いつも美弥がやっているそれを自身でやると、一人で居ることを実感せざるを得ない。

 マグカップを持ってリビングのソファに座り、たばこを取り出す。
 時計のカチカチという音が響いている。


 忍足は、これまでの美弥の行動を思い出していた。



 『そういや、部活もそうや。ときどき、おらんな。なんやスッキリした顔して戻ってくるんや』




 『そうや・・・』





 「昨日、本を読んでたんですけどね」
 「ぷらぷらと買い物をしてたんですけど」
 忍足が聞かなくても、連絡がとれない間に何をしていたか、美弥から話をする。
 一人で買い物に行かれるよりも誘ってくれた方が、忍足にとっては嬉しい。しかし、話をすることが美弥なりの気遣いだろうと、忍足にはわかる。
 そして、美弥が寂しがり屋なのを知っている。
 その寂しがり屋が忍足と会う前は、独りだった時はどうしていたのだろうと思う。
 『一人を満喫していた・・・わきゃないなっ・・・』


 ゆっくりと、煙を吐き出す。


 『美弥は、同じ視線で同じものを見ることが大事なわけやないんや。最終的に同じものが見られれば、っちゅうことかな。でもな、寂しく思うねんで・・・』





 ピンポーン。
 ドアベルの音を聞き、忍足は玄関に駆け寄っていた。
 扉を開けると、美弥が立っていた。

 「あがりぃ」

 忍足は、美弥のためにコーヒーをいれようとした。

 「あ、あたし、やりますよ」
 「えぇねんて。いれるさかい、待っとき」
 「うん・・・」

 コーヒーをいれる忍足は、自然、鼻歌をうたっていた。
 マグカップを手渡し、美弥の隣に腰をおろした。

 「いれてもらうとおいしいです」
 「美弥、ココ、座り」

 忍足は両足の間に美弥を座らせた。

 「あっ、昨日ですね、前に先輩がいいって言ってた本を探したんですよ。それで、えっ、せっ、先輩・・・?!」

 忍足は腕の中にある美弥を強く抱きしめていた。
 『天の岩やどが開いた感じやな』
 「一人にさせて」とは言えない美弥は、電話に一切出なかったり、連絡をしないといった極端な行動をとる。
 『美弥、一人の時間、大事なんやな。オレはいつでも手ぇ広げて待ってるで』
 忍足は頬をすり寄せる。





 忍足は、美弥の髪の毛をすくった。

 「美弥。髪の毛、伸びたなー」

 忍足の仕掛けに、それと気づかずに美弥の呼吸が一瞬止まった。

 「ん? どないしたん?」
 「ううん・・・やっぱり・・・伸びました?」
 「あぁ。伸びるの早いな」
 「えっ、そんなことないですよっ!」
 「美弥。やらしぃなぁー。髪の毛伸びるの早いんは、やらしぃんで」
 「やぁーっ!」
 「うわっ」

 手近にあったクッションを投げつけられ、忍足は顔で受けていた。
 恥ずかしそうに顔を赤くする美弥を見て、口角をあげた。クッションを脇に置き、美弥を抱き上げる。

 「美弥。そんなん気にせんとき。迷信や。そういうところ、かわえぇなー」

 そう耳元でささやき、やはり顔をすり寄せる。





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