秀吉と信長と蘭丸








 平成19年、生野銀山が世界遺産に登録された。

 天正5年。
 優れた交渉家だった秀吉は、毛利家との戦いにおいて、周辺の武将をたちまち寝返らせ、銀山をゲットし、大切な財源としたのだ。

 現世においても、地元議員から世界遺産登録委員まで、巧みな話術でもって「世界遺産にしていいカモ」と思わせたのである。

 世界遺産に指定されてから最初に迎えた夏休み。想定外の観光客が集まり、生野町は大騒ぎだった。町民は交通整理や銀山案内など観光客の対応に駆り出された。昔から秀吉は地元民に対する遇が厚く、報酬が出ていたために、町民から不満の声はあがらなかった。それ以上に、観光収入が増え、町が潤ってきたのだ。
 それを信長公が放っておくはずがない、と秀吉はそろそろ対信長策を考えるようになっていた。 毛利攻めの際、勝利を収めた暁に手にする膨大な領地をめぐり、その隊長をつとめるには多くのライバルがいた。当時の織田家には人材が豊富だったのだ。
 そこで秀吉は、信長の実子を養子として迎えいれた。秀吉には子供がいなく、しかし若く、また、弟が優秀だったため、跡取りのことは特に心配されていなかった中で、いずれ秀吉が中国を支配しても中国地方は信長の子、つまり織田家のものになるのですよというアピールとなった。そうして中国攻め隊長を任されたのだ。
 それに値する秘策を考えなければならない、と秀吉は思っていた。

 一方信長は。
 「ふむ。藤吉郎め、うまいことやりおったわ。大元は儂の領地だったぞ。のぉ、お蘭?」
 「さようでございます。堺の今井宗久殿にお任せになっていたところ、寝返り組の反乱にあい、手放されたのでござりました」
 「金でもなく、銅でもなく、2番目の銀をとるあたり、やりおるわ、藤吉郎は」
 「銅は、家康公のお膝元にござりまする。金は上杉家が持ってござりまする」
 「うむ、、、この際、全部まとめて・・・」

 信長は、生野銀山の視察に出向いた。
 「藤吉郎、喜ぶが良いぞ。遅ればせながら、これよりココは、儂が認めた地、といたす!」
 「は? おっしゃる意味がわからないのですが・・・」
 「世界が認めておるのに、儂が認めないわけにはいかないだろ。同時に金と銅も、それぞれ儂が、世界よりも先に認めてやったぞ。これで気兼ねのぉ、観光客を呼びこめるぞっ! 見てみろ、藤吉郎! 信長特製幟じゃ!」
 供をする蘭丸がゴソッと出した幟には、「織田信長公認」の文字が躍っていた。信長が幟をそこかしこに立ててゆく様を苦笑いを浮かべて眺めつつ、蘭丸を引き寄せ耳打ちした。
 「森殿! 其方がついていながら、何だこれば?」
 「殿が、世界が認めているのに儂が認めないわけにはいかない、と仰せになりまして」
 「それは先ほど聞いたわっ! それでなんで幟なんだ!」
 「ですから、殿がお認めになりたいということで、認めた証でございまして、幟が一番わかりやすいと、殿がご判断なさったもので」
 「世界遺産登録委員会が認めた。これ以上何があるというのだ」
 「ですから、その上の、儂登録、ということかと・・・」
 「森殿」
 「私よりも殿とのご関係が古い羽柴殿でしたら、殿がこれくらいのことをすることはよくよくご承知のはず。殿がこれでご満足されれば、それに越したことはないではござりませぬか」
 蘭丸は声をひそめて言った。
 「羽柴殿。一見、妙な幟がたっているだけで、何も奪われはしませんよ・・・」
 実は腹黒い蘭丸の顔を見つめ、ため息をつく秀吉だった。
 数々の幟が風に揺れ、山間の穏やかな風景は、カラフルな色で覆われた。







<NOTE>
 世界遺産に登録されたのは、石見銀山なのですよ。ずーっと生野だと思い、でも、地理的に何か違うよなぁーと思っていました。
 おトボケナカジということで、笑ってやってください。





月刊ナカジン表紙へ戻る

織田信長 FAN BOOKのトップへ