春雨
花びらを散らさぬよう気を遣うかのように、雨は静かに降っていた。
「一雨ごとに暖かくなりまするが、今夜はまた少し寒うござります」
「・・・お蘭」
蘭丸は信長の方へ顔を向けた。
「近こう」
「あっ」
信長は、蘭丸の歩みを待たず、腕をつかむと抱き寄せた。
「其方が誘ったのだぞ」
「そんなッ」
「また其方に悲しい目をさせてしまったな」
「殿・・・」
「其方が誰よりも皆のことを考えていることはわかっておる。それゆえ、気に病むのであろう。儂のためとはいえ」
信長は蘭丸の頬に手を添えた。
「其方が手を下す必要はないぞ」
「しかし殿に叛意ありとわかれば」
「優しい其方だけが抱えることではあるまい?」
そう言って信長は口付けた。
しっとりと閉じていた蘭丸の目が、パッと開いた。
「殿っ!」
「ど、どうしたっ?」
「またドーナツを召し上がりましたねっ!」
「お蘭」
「しかもチョコレートドーナツ!」
「うッ・・・」
「あれほど9時以降はお召し上がりにならぬようにと申し上げましたのに!」
「い、いや、、つい、、、」
「つい、ではござりませぬ」
怒る蘭丸とは対象的に、信長は笑んだ。
「・・・いつものお蘭に戻ったな」
言葉に詰まり、視線を合わせることができないでいる蘭丸を、信長は抱きかかえた。
---見抜かれていることの幸せ。通じないことの恐怖。
単純な自分自身に笑いつつ、優しい気遣いに心地よさを感じる蘭丸だった。
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