恋心








 「殿、もう少し、こう・・・」
 「三成ぃ〜、其方に任せた! それより」
 そう言って秀吉は、目の前を通りすぎようとする三成の腕をひき、その身に引き寄せた。
 「・・・ッ」
 三成は赤らめた顔を隠すように、秀吉の胸に顔を押しつけた。

 書類の整理を秀吉に頼んだ三成は寝室を整えていた。枕カバーやシーツなどをきれいにし、掃除機をかけ、空気を入れ替えてリビングに戻ってみれば、散らかっていた書類は確かに整ってはいるが、三成にしてみれば、壁に沿って隅に積み上げられているだけのことで、ちょっとでも触れたら崩れそうな、とても片づけられたとは言い難い有り様だった。
 「三成。さっそくベッドを使わねば、其方が整えた甲斐がないだろう?」
 そう言って秀吉は三成を横抱きにする。
 「と、殿ッ・・・明日、もう明日には景勝殿らがいらっしゃいます。そのためにきれいにしているのであって、今はそのような時間がございません」
 うだるような暑さが続く東京に、越後から景勝・兼続主従がやってくる。秀吉と三成が二人で新生活を始めたことを祝いに来てくれるというらしく、三成はそれならば手料理でもてなそうと新居に二人を招くことになっていた。
 秀吉は、片づけることや元にあった場所に戻すということが苦手で、気づくと細かなことは三成がすべてやっていた。
 三成は決してそれが不満なわけではなかった。
 秀吉には、相手を不快にさせない強引さがあり、交渉がうまいという特技があった。マンションはだいぶ値下げさせ、三成の依頼で買い物にいけばおもしろいものをおまけにもらってきたり、三成には理解できないことを軽くやっていた。
 できないことを補い合える二人だと言える。

 自身がきれいに整えたばかりのベッドに、三成は仰向けにされている。
 「三成」
 覆いかぶさるように見つめられ、名を呼ばれると、もう、魔法にかかったかのように三成はあらがえない。
 ズルい・・・と三成は思う。
 自分はこの人の元来の人たらし気質にまるめこまれているだけのような気がしてくる。しかし、秀吉には少なくとも自分に対してはまるめこもうという意思がないことはよくわかっている。
 だから余計に・・・。
 容易に落ちてしまっているような気がして、悔しい。

 秀吉はやさしいくちづけを落とし、三成のサラリとした髪の毛を梳く。
 三成はその手つきが好きで、自然と目を閉じてしまう。そして、身体の奥に火が灯るのを感じる。
 秀吉は、察しているかのように、笑みを浮かべる。

 太陽のとも秀吉のともいえる寝具に染み入ったにおいは三成の心を溶かし、ただ二人でいられることの幸せを深く感じさせた。





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