夢中
「オレが愛しているのは其方だけだ、三成」
生前でさえ言われたことのなかった言葉をベッドで言われ、思わず目が見開いた。
普通なら素直に受け止め、喜ぶのだろうが、そうやり過ごすには私は殿のことを知りすぎていた。
「其方だけが頼りじゃ」
殿が諸将に対して安売りしてきた「だけ」言葉は、目先の利益を狙って相手を取り込みたいとか、相手を信用していないという場合で、上杉景勝に対しては前者、徳川家康に対しては後者だったといえる。
上杉景勝には優秀な側近・直江兼続がいて、殿は彼に対して、他人に対する接し方についてはご自身と似た空気を感じていた。そのため諸将を逆に惑わされてしまうことを心配し、穏便に仲良くしておきたかったと思われる。
小田原攻めの際、小田原城を囲む最も外側の湿地帯に家康を配置し、万一家康に裏切られても自陣に影響が及ばない準備はしていた。家康とは小牧・長久手で一度対戦したが、化かし合いを展開することで、家康が何を考えているのかを探ることは難しく、心許すことはできない存在だったのだ。
寺で修行の身であった私は、休憩に立ち寄った殿から「其方が欲しい」と言われて小姓となり、以降、私自身が「だけ」言葉で惑わされたことはなかったが、「だけ」言葉がどれだけ頼りないものか、私はよく知っていた。
相手は誰だ?
胸中に危険信号がともり、殿に背中から抱かれながらも吏僚としての頭を働かせる。
私が言うのもナンだが、殿の容姿は素晴らしい。生前はサルと言われ、それでさえ失礼な話ではあるが、今は細身で背が高く、顔の作りは格好よく、しかし笑うと人なつこい表情を見せる。
やることなすことソツなく、動作の全てに色気がある。
優しい人だが、その手練手管を心得た優しさに心乱されるのは男女を問わない。もともとは女性好きな殿だ、女性にもてないわけがないのだ。
しかし、ここで探りを入れては、殿のクセを今後察知できなくなる可能性がある。
「あ・・・ッ」
殿の温かい手が背中から臀部にかけてすべるように這った。
臀部には覚えのある感触を感じる。自身のものもまた反応をみせてくるのがわかる。
「三成。其方、なにやら難しいことを考えておろう?」
「え・・・?」
「オレの腕の中で、其方、止まっている。昔から其方はそうだ。考えすぎると動きが止まるぞ」
あーー、そんなふうに見抜かれては、私は何も言えなくなってしまう。
身体を殿と向き合わせるが、少しの苛立ちを感じて、顔を上げることができない。
「どうした?」
「いえ・・・」
「オレは、三成、其方のものだ」
はじかれたように、私は殿を見上げていた。
頬に手をそえられ、額に、目に、くちびるに、首に−−−たくさんのくちづけを受け、私の心は解されてしまった。
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