泰然自若








 「合コンしない? いつもよくいる彼を連れてきてほしいな」

 製薬会社に勤める知り合いから、主君である秀吉殿を合コンにお連れするようにと声をかけられた。
 「あなたがなぜ彼をご存じなんです?」
 「大学病院のドクターを訪ねた後、あなたの研究室に寄ってるじゃない、わたし」
 「あぁ・・・そういえば、あなたが訪ねてくるときは割と彼がいましたね。でも彼は大学とは何も関係ないんですが」
 「えっ、そうなの?」
 「ええ。私の古い友人で、商社勤務をしていますよ」
 「へぇ・・・」
 大学とは関係ない人物であることに驚いた彼女は、しかし興味あり気な表情をみせた。

 そう、殿は私が講師を務める大学の卒業生ではないし、何も縁はなく、強いて言えば、同居している恋人がここの学生、というだけ。
 殿は商社勤務で、担当部署は金属。金山を開発していただけに、新手の交渉や自論を展開しているらしく、そのリーダーシップは多くの部下を付き従えているようだ。相当忙しい日々をお過ごしだろうが、一週間に一度は、私の研究室を訪ねていらっしゃる。
 三成殿にヘンな虫がつく心配をしているのかと思えば、「若い空気がいいじゃないか!」とおっしゃり、また、「人は宝。大学は宝が眠る場所よ」とうそぶく。
 だからといって大学内を散策したりするわけではなく、研究室でお茶を飲む時間を過ごす。
 「彼に興味がありますか?」
 「そうね」
 「彼は・・・難しいと思いますよ」
 「結婚している方?」
 「いえ。そうではないですが・・・会ってみればわかると思います」
 付き合ってる方がいますから、と言ってしまえば良かったのでしょうけれど、なんだかそれはあっけない気がして、むしろ、彼と直接話してほしいと思ったけれど、それは彼女にはかわいそうなことだっただろうか?
 そうして、合コンのセッティングを半ば強制的にさせた女性は帰っていった。
 それと入れ替わりに等しいくらいに、殿が研究室にいらっしゃった。
 「殿。今、女性とすれ違いませんでしたか?」
 「ん? 女性と・・・? そうだったか? ・・・まあ、いい」
 「あ、はい」
 興味なさげな殿の態度に、私は苦笑いを浮かべてしまう。そうして殿のためにぬるめのお茶をいれる。
 「変わったことはないか?」
 殿は必ずそう尋ねる。
 「そうですねぇ・・・そういえば、石田殿の株が大層上がっているのですよ」
 「どういうことだ?」
 「大学内での人気があがっているということです。面倒見がいいですし、見た目細いのに身体はしっかりしていらっしゃるからたくましく思われるようで」
 講師といえども、他学部についてはそれほど詳しくはない。しかし各学部でいろいろな意味で目立つ上位数名は、学部関係なく注目の的となる。三成もその一人で、ルックス・物腰・頭の良さとが合致した人物として各所から注目されているようだった。
 「どうです、殿は合コンにでも参加されてみては?」
 「どういう展開だ?」
 「石田殿の人当たりが良かったり、人気が高まっている一因は殿と一緒に過ごしていらっしゃることにあります。石田殿の魅力をさらに高めるためには殿の包容力をさらに上げることにあります。様々な女性と様々なシチュエーションで接することが、きっと良い方向にゆきます」
 「・・・そうか」
 石田殿のためであることを説けば、殿は動きます。


 合コンの翌日、彼女が私の研究室を訪ねてきた。
 「あなたが、難しいって言った意味、わかったわ。彼、どこか違うところを見てたから」
 そう言って遠くを見る女性はどこか悔しげで、そして寂しげだった。
 「こちらを振り向かせたいなんて気になっちゃうんだけど、それで深追いするとこっちが火傷しそう。それに、押すと引くって、どこの乙女よ?」
 きっと殿は、この女性に対してだけでなく、女性陣に興味を示さなかったに違いない。
 そのまなざしに、女性を入れなかったに違いない。
 揺れるまなざしに気付いたとしても。
 女性に「私を見て」といわせるほどに。
 殿はいつだって石田殿を探している。
 「ところで」
 「なんでしょう?」
 「あっという間に消えてたわよねぇ」
 私は柔らかそうにみえる笑みを向ける。
 欲するものを手に入れるためには落ちてきた機会は逃しませんよ。
 殿を置いていってしまったのは気がかりでしたが、しかし取り残されたからといってそれを気にするお方ではないことも承知の上。



 一夜の契りで、何か悪いことでも?





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